分けて捨てる、という文化

 こんにちは。

 大晦日の今日は、久しぶりに自分のために時間を取ろうと思って、まったく予定を入れませんでした。自分の時間を取る、といってもレポート課題に明け暮れているわけですが、普段風来坊みたいな人間なので、たまにはこんな日があってもいいでしょう。
 特に、年末はバイト行ったり忘年会行ったりと、ほとんど家にいなかったので、母親からも「あんた今日家にいたの?気付かなかったわ。自分の分しかご飯買ってきてないから何か食べてきてくれる?」なんて言われるありさまでした(笑)
 ということで、車を借りて近所のモスバーガーまでひとっ走りしてきたわけですが、食べ終わってトレイを片付けに行くと、ごみ箱が一つしかないのです。「ああ、そうか」と思わされました。

 ごみ箱が1種類しかないというのは、地元の越谷市ではほとんど当たり前の光景なのですが、東京や横浜で食事をする機会が多いと、つい「プラスチック用ごみ箱」があるものだと思ってしまうのです。例えば、今通っている大学のごみ箱では、「燃えるゴミ」よりも「燃えないゴミ」の投入口の方が広く確保されています。恐らく、弁当のプラスチック容器を「燃えないゴミ」に捨てるのが普通だからでしょう。

 10年くらい前の越谷では、おおかた「燃えるゴミ」、「燃えないゴミ」、「古紙類」、「危険ごみ」の4種類しか区別がなく、白色トレイやペットボトルも燃えるゴミとして捨ててよかったので、たまに都内へ出かけると「何でこんな面倒な分別があるのか」と思ったものです。中でもペットボトルにいたっては、中を洗わず、ラベルやキャップを外さないまま、燃えるゴミにポンと出していたのです。当時はこれが当たり前でした。
 さすがに今となっては、トレイやペットボトルは分けるようになりましたが、プラスチックのフォークやサランラップは今でも燃えるゴミに出しています。

 私の中で「越谷市」は、「日本一ごみの分別ができない町」だと思っていますし、私自身、今でも「燃えないゴミに区分されるのは、缶や瓶ぐらいでしょ?」という認識なので、出かけたときに「ここではそんなものを『燃えないゴミ』に捨てるのか?」と思うことは今でもありますが、「郷に入っては郷に従え」というように、その土地のルールを守れるようにしなければいけないと感じさせられます。
 そんなことを考えていた、大晦日の昼下がりでした。

 さて、2013年はなんだかんだ忙しく、16回しか記事を更新しませんでしたが、私とお付き合いいただいたみなさん、そしてここを見てくださっている皆さん、今年も1年間ありがとうございました。こんな大して更新していないブログにも、毎日一定のアクセスがあるようで、感謝しております。

 2013年の記事更新はこれで終了といたします。それでは2014年、良いお年をお迎えください。
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by kameliner2008 | 2013-12-31 13:45 | 雑談
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